普段の暮らしの中で、何故か妙に気になったり、惹かれたりする'何か'がある。ニューヨーク・タイムズ紙 Op-Ed セクションのアート・ディレクター、Peter Buchanan-Smith氏は、アーチスト、ライター、フォトグラファーetc.に、個人的心の琴線に触れるその'何か'を収集することを命題として与え、『SPECK』という本を編纂した。それ自体の存在は小さく、日常の平凡の中に埋没しているものが集結するとアートという非日常のパワーを持つ。「編集」が創り出す新しい世界がそこにはある。
秀逸なのは、第12章 "Lipstick"。フォトグラファーが街で女性に声をかけ、使いかけの口紅をもらう。口紅は、成分、持ち主の唇の形、力の入れ方、その他さまざまな要因の結果として、一つ一つ実に様々に消耗している。彼はその紅の部分を収集し、美しい写真に納めた。原寸よりも大きく示された写真の中の紅は、彫刻のような造形美を持ち、ぬめりと光っていて、なんともグロテスクであり、エロティックであり、それはもはや私たちが知る日常の中の口紅ではない。
第14章 "The Sketch Artist" では、画材店に置かれているメモパッドに描かれたイラストを収集。お店の特質からしてそれらの試し書きは、芸術に心得のある人が描いた可能性は高く、必然的にアーティスティックだったりする。
全17章からなるが、いずれもテーマは非常に身近なものばかり。ものごとをおもしろくするのは見るポイントであり、それを昇華させ、伝達するのはプレゼンテーションの仕方ってことに気付かされる。英語の説明を読めばなるほどと思うが、読解抜きでも、その作品写真自体のアート性があなたの琴線をはじくはず。創作に関わる人は必見だ。